タイの田舎の小さな家の月曜日、い~いこ~と ば~かり~じゃ な~いか~らさ~♪20180910

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池田SGI会長指導選集 「幸福と平和を創る智慧」

第2部 人間革命の実践

第13章 「年はわか《若》うなり福はかさなり候べし」

この章を読むに当たって

 日蓮大聖人は「年は・わか《若》うなり福はかさなり候べし」(御書1135㌻)と門下を励まされています。
 誰人も、年齢とともに生身の体の老化は避けられません。しかし、年輪を重ねるごとに、ますます若々しく生命を輝かせ、福徳を豊かに積みつつ、共に励まし合い、共々に人間革命の勝利の人生を飾っていく――これが、妙法を行ずる創価家族の人生の旅です。
 長年、信心に励んできた父親が認知症を患い、とまどいながら懸命に奮闘する一家を、池田SGI会長は、その介護の労をねぎらい、こまやかに激励しました。
 「心配することはありません。たとえ脳に刻まれた記憶が消えたとしても、生命に刻まれた福徳は消えない。広宣流布に尽くした功労は永遠に消えないのです。
 今、お父さんは、一家一族の宿命転換を担い、偉大な総仕上げの戦いをしてくれている。そう捉えて、題目を送り、温かく見守って差し上げてください。どうしてだろうと思い煩《わずら》ったり、世間体を気にしたりする必要などありません。
 お父さんは今、一面、楽しい夢を見ているといえるかもしれない。今まで多くの人の面倒を見てきたから、今は皆から守られている。すごい境涯です。
 ご家族は苦労が絶えないでしょうが、必ず変毒為薬できます。それが皆の励ましになります。
 何があろうと、悠々と、堂々と、家族と共に、同志と共に生き抜いていく。これが信心です」と。

 13-1 豊かな「第三の青春」を


 一般的に、修学期などを「第一の人生」、自立して仕事等に励む年代を「第二の人生」、そして、それらを終えた後の人生の総仕上げの年代を「第三の人生」と捉えます。この「第三の人生」を、どう豊かに生きていくか――。SGI会長の指導には、そのための大切な指針がちりばめられています。

【池田SGI会長の指針】
◎『「第三の人生」を語る』から
            (1998年10月刊)

 仏教は生老病死の解決を眼目としている。しかし、日蓮大聖人の仏法の真髄は、その「四苦」を乗り越こえることだけにあるのではない。
 御書に「四面とは生老病死なり四相を以て我等が一身の塔を荘厳するなり」(740㌻)とあるように、仏法ではさらに一重深く、四苦そのものが「一身の塔」、すなわち「生命の宝塔」を荘厳する宝に変わる、と説いているのです。
 「愚者にとって、老年は冬である。賢者にとって、老年は黄金期となる」という言葉もある。
 いっさいは、自分の心をどの方向へ向けていくかに、かかっているのです。
 老いを、たんに死にいたるまでの衰えの時期とみるのか、それとも、人生の完成へ向けての総仕上げの時ととらえるのか。老いを人生の下り坂とみるのか、上り坂とみるのか――同じ時間を過ごしても、人生の豊かさは天と地の違いがあるのです。
        ◇
 「第三の人生」は「第三の青春」でありたい。青春は、年とともに消え去っていくものではない。自分がどう思うかです。いくつになっても、前向きの挑戦の心があるかぎり、ますます深みを増し、ある人は黄金に、ある人はいぶし銀に輝いていくのです。
 広く「第三の人生」の重要課題を言えば、いかに最後の最後まで自分らしい生き方を貫き、周囲に示しきっていけるかということです。
 亡くなった人の記憶や思い出、生き方の規範が、残った人を大きくつつみ込んでいく、ともいえるでしょう。
 「第三の人生」で、周囲に何をあたえ、残していくか。それは、財産や名誉や地位などいっさいをはぎ取った後に、生死を超えて厳然と残る〝人間としての生き方〟しかないのです。
        ◇
 御書に「人のために火を点《とも》せば、自分の前も明るく照らされる」(1598㌻、趣意)とあるが、高齢社会では、〝人のために点す〟心が大切です。それが、最後は自身をも照らすことになる。
 仏法では、「皆が恩ある衆生だから、皆の成仏を祈っていきなさい」(御書1527㌻、趣意)と教える。
 人間が大切にされている。人間関係が大切にされている。そこに長寿社会の急所がある。
 大切なのは、生きているうちに、どれだけ「生命の質」を高めることができるかです。長く生きることだけが、長寿ではない。たとえ短命に終わっても、充実した生をまっとうできれば、その人は、手応えのある人生を生きた分、長寿といえるでしょう。
 大切なのは、きょう一日を、広布の前進とともに悔いなく生ききることです。いくつになっても、生きる目標を胸中に燦然と輝かせていくことです。その日々の積み重ねしかないのです。
        ◇
 自行化他の修行に励み、南無妙法蓮華経と唱えぬいた思い出は、三世に永遠です。たとえ認知症になっても消えることはない。厳然と「魂の日記帳」に綴られているのです。
 人生の最高の誉れは、学会活動です。人のために祈り、動くことで、自分も幸福になる。これほどの価値ある人生はないのです。
 御書にも、「どこまでも一心に、南無妙法蓮華経と自分も唱え、人にも勧めていくのです。まさに、それだけが、人間界に生まれてきた今世の思い出となるのです」(467㌻、趣意)と仰せです。
 だから、なんの心配もいらない。信仰で積んだ福徳は、老いることはないのです。認知症になっても、生命に冥伏されているのです。
 根本的には、たとえ認知症になった人でも、人生の先輩として、また今日の繁栄を築いた先達として、尊んでいく気風が社会全体に広がっていかなければならない。このまま高齢化が進めば、いやおうなしに万人が介護にたずさわる社会になるのですから。
 長寿社会とは、競争よりも協調が、効率よりもゆとりが、物の豊かさよりも心の豊かさが、求められる時代です。自分が「してもらう」のではなく、わずかでもいい、自分には「何ができるのか」を考える時代です。いくつになっても、わが身を律しながら、貢献の道を探っていく。それが、「価値創造」の生き方です。
        ◇
 哲人プラトンは、〝年をとったら、若い人の生き生きとした姿に、あなたの若い日を重ね合わせながら、若い人の動きをエネルギーの源にしなさい〟とアドバイスしたと言います。
 老若男女が集う学会の座談会は、年配者が若者から、みずみずしい生命力を吸収する。反対に、若い人が年配者の経験や知恵を学んでいける。
 仏法にいっさい、ムダはないのです。高齢社会の先取りです。
 ともあれ、つねに希望に生きるのです。理想に生きるのです。命あるかぎり、この世で果たさん使命あり、です。
 アメリカの詩人ロングフェローは謳いました。
 「老いは、装いこそ違え、青春に勝るとも劣らぬ好機なり。あたかも、黄昏過ぎし夜空に、白昼隠れて見えぬ星の、満天に輝けるに似たり」
 ともどもに、星降るようなすばらしい満天の夜空のような総仕上げの人生を描いていきたいものです。
        ◇
 人生、最後の最後まで戦いきった人は、美しい。
 ですから、生涯、青春の心と行動が大切なのです。〝自分は年をとったから、ほどほどにしてもいいだろう〟などという逃げの人生であってはならないのです。
 釈迦教団の長老たちも、多くは年をとるにつれて枯れてしまった。〝自分には立場もあるし、それなりの悟りも得たんだから、これで十分だろう。長い間、修行もしてきたんだ。師匠の釈尊の悟りはすばらしい。しかし、自分たちにはおよびもつかない。このままでいいんだ〟――と安住してしまっていた。
 そこで釈尊は、舎利弗への授記を通し、〝そうではない、一生涯、仏道に精進し続けるのだ、そこにしか仏になる道はない、頑張れ〟と、叱咤・激励をした。長老たちも、自分たちの情性に気がつき、あらためて、戦いを再開し、歓喜した。
 それで、今まで絶対に成仏できないとされてきた二乗も仏になれることになったのです。
 「月月・日日につより給へ」(御書1190㌻)が、法華経の精神であり、学会の魂なのです。
        ◇
 アメリカの詩人サムエル・ウルマンの有名な「青春」の詩に、

   青春とは人生のある期間ではなく、
   心の持ちかたを言う。

   青春とは臆病さを退ける勇気、
   安きにつく気持を振り捨てる冒険心を意味する。
   ときには、二〇歳の青年よりも
   六〇歳の人に青春がある。
   (『青春とは、心の若さである』作山宗久訳、TBSブリタニカ)

 とあります。若さとは、年齢で決まるものではない。燃え上がるような広宣流布の情熱があるかぎり、九十歳でも青春そのものなのです。
 避けられぬ死と老いを前にして、人生のうえでも、社会のうえでも、自分らしく、いかに活力にあふれた、輝かしい最終章を生きていけるか。それが高齢社会を迎えた二十一世紀の日本の最重要の眼目です。
 その問いに事実のうえで正しい解答を示すことができるのは、日蓮仏法しかないのです。創価学会しかないのです。その大確信で、ともどもに、「われ、かく生きぬいたり」との勝利の歴史を綴りながら、広宣流布という希望の大遠征に進んでまいりましょう。

 

 

 

今日の元気が出る1曲

 

 

今日の私の出来事

 

今日も青空のいい天気でした。家の外は暑く、今日はあまり外に出ませんでした。

ただ、朝、とんちゃんがクロとハチに朝ごはんをあげると、クロが”ウーウーッ、ウーウーッ、ウーウーッ”と低い唸り声をあげて、ハチはその声に怯えてごはんをたべることができず、じっとクロが食べるのを待ってましたが、クロが近づいて唸り声をあげると、ハチも怒って、大喧嘩がはじまってしまいました。ときどき、大喧嘩するときがあるのですが、いいかげん止まりそうもないときは、私が間に入って、喧嘩を止めてます。いつもたいてい悪いのはクロのほうで、ハチはじっとがまんしていますが、A型なのかもしれませんね。私もA型です。

その後、ハチはなんだかこんな脱出用の穴みたいなものを掘ってました。

きっとストレスがたまっているのでしょう。

 

そんなワンちゃんの大喧嘩の隣では、こんな感じに4つの睡蓮の花が咲きました。

 

 

しばらくすると、ハチもご飯をいっぱい食べて。リラックスして安心した表情でトイレです。

 

 

クロはめずらしく私に怒られたので、しばらく反省してしょぼんとしていました。

ハチは忍耐強いワンちゃんです。その後また仲直りしたようで、仲良く田んぼにミミズ探しにでかけました。

クロは賢いけれどすぐに喧嘩をしかける短気な性格。ワンちゃんも表情もちがうし性格もちがって、面白いなと思います。

みんなちがって、みんないい、喧嘩をしても仲直りして元気に育って下さいね。

ハチも、い~いこ~と ば~かり~じゃ な~いか~らさ~♪、クロの兄弟で生まれてきたのも宿命。

がんばれ2匹、めざせタイの名犬という感じかな。

 

 

今日のショート・ショート

日本最年長者

白波瀬 博文は東京の奥多摩に一人で愛犬と暮らしていた。年は今年で80歳になる。身寄りはなく
週に一回村のデイサービスの人が訪問にやってくるのを楽しみに暮らす老人だった。

家は昔ながらの民家で、なにやら先祖は徳川家と縁がある家系だといわれていた。

愛犬の源五郎丸は、博文が15年近くいっしょに暮らしている老犬だった。

その源五郎丸がある日突然庭の片隅にある桜の木の根本をほりはじめた。

博文は、昔話のしょうじき爺さんの話を思い出し、源五郎丸が掘り始めた穴をさらにスコップでほりはじめた。

すると、何やら金色に光り輝く卵のようなものが出てきた。

”これは徳川家の伝説の秘宝、金の卵だ”ひとりで叫ぶと、大喜びで手にとってみた。

すると、その卵のようなものは2つに割れて、中からアリがいっぱい出てきた。いや、それはアリではなかった。
アリのようなものは、よく見ると宇宙服を着たエイリアンだった。そのエイリアンは、あっという間に博文の口や鼻の穴から、体内に入ってその体をのっとってしまった。

数年後、博文は日本最年長者として150歳を迎え、表彰された。誰も、その中にエイリアンが潜んでいることは知らないままだった。